手乗りスズメかい‼

惠理先生が差し出すパンを食べるスズメ

 ホバリングとはヘリコプターが空中で停止していることですね。スズメちゃんのホバリングを見て釘付けになりました。

 朝の山下公園でのラジオ体操帰り。日本大通りにあるグーツでの出来事です。新緑の並木通り沿いに置いてあるテーブルで惠理先生とパンを食べていると、スズメがやってきました。僕の足元で物欲しげに見上げています。キャットフードの袋を見上げて「早くちょうだい」と催促する愛猫マリンのように。

 しばらく放っておくと、地面から垂直に飛び、テーブルの高さでホバリング。「そのパンちょうだいよ」と訴えてきます。その芸当に免じてパンを差し出すと喜色満面(表情がわかるかい!)で食いつきました。

 さらには、惠理先生にも積極果敢にアピール開始。ついには手からパンを食べました。ただの本能でしょうか。どうにも感情のようなものを感じます。考えているようにしか思えません。

 唸ってしまいます。食物に対する行動力に対してです。生きるための根源的な姿に感動すら覚えました。

 大事なことですね。スズメから勉強させていただきました。大切なことは行動です。素直に速やかに動くことです。そうすればパンは与えられます。たぶん…。では、また。ペレレイ、ペレレイ。 

異世界が気になるし

 4月24日、学習院大学の中条省平教授が県立神奈川近代文学館で行った記念講演会「私の好きな『新青年』の作家たち―乱歩、久作、十蘭」を聞きに行きました。久しぶりに文化の空気を吸いました。とても面白かったです。

 入場料は、たったの1000円。徒歩圏内で気軽にハイレベルな講演を聞くことができる。なんとも贅沢な環境だと思います。

 不思議な導きでした。僕は中条さんが取り上げた3人の作家を読んだことがなかったんです。講演に行くことが決まってから急きょ、久生十蘭短篇選だけ買って読み始めたばかり。

 郵便ポストに入る「かながわ県のたより」紙を眺めていた時、上記の後援会の告知が目に飛び込んだのです。なぜか「行きたい」と思いました。

 どちらかといえば鴎外、漱石などリアリズムの文学を好んで読んできました。新青年系の作家による異世界、空想的、幻想的な世界観には馴染みがありませんでした。

 ところが、行きたいと思ったのです。中条さんが講演の中で「こんなこと言ったらよくないですけど、鷗外や漱石より、乱歩、久作、十蘭の方が凄いと思います」というようなことをサラリと言った時にドキッとしました。僕の心の内を読んだんかい! てなもんです。しかも何故か僕の方を見ながらしゃべっているような気がしたのです。何とも非リアル世界じゃないですか。

 たしかに日常より、非日常の世界を想像、創造する力の方が遥かに難しいように思います。文学青年にすれば、純文学が一段上だと考えるでしょうし、現に昔の僕はそうでした。直木賞より芥川賞。でも今は非リアリズムに惹かれます。

 そういう点で、原村に導かれたのも偶然ではないような気がしてきます。横浜が現実的な世界とすれば、原村は異世界的な幻想空間のようにも思えるからです。そこで何か面白い発想が湧いてくるのではないか。

 なーんて思っちゃったりする今日この頃です。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

人との出会いが広がっています

 

ハッピーバースデー、惠理先生。楽しそう‼

 惠理先生の誕生日。知人Mさんと食事をして、Mさん行きつけのバーで2次会をしました。そこで大さん橋入り口でアメリカ料理「J]を経営しているOオーナーと出会いました。

 北カリフォルニアのシャスタで味わった本場ハンバーガーの美味さに驚きましたが、「J]では本物の味を楽しめそうです。

「明日の昼に行きます」と伝えました。「僕はいないよ、息子もいない」と言うのですが、惠理先生の後夜祭にはもってこいの店だと思い、オーナー親子が不在であろうと出かけることにしました。

 当日は、オーナーとの話を店員には伝えませんでした。あまり図々しいことが出来ない性格です。控えめにして外で食べていました。海岸通りの新緑並木が眩いです。5月ではありませんが風も薫ります。とても素敵な午餐となりました。もちろんハンバーガーは肉の美味さが溢れ、アメリカを堪能しました。

肉の旨味が詰まっておりましたよ

 食べ終わる頃、女性の店員さんが僕たちのテーブルに来ました。「きのうオーナーと飲んでいませんでしたか」と尋ねられました。そうなれば正直に話します。店員さんは「ビールとワインを頼んだので、みんなで今の人たちじゃないかって話していたんです。オーナーからサービスするように言われています。早く言ってくださればよかったのに」と言います。

 言えば良かったかな、と後悔の念が生じてしまいまた。しかし女性店員さんは空いているデキャンタを見て「ワインを飲みますか」と言ってくれました。そうなれば遠慮はしません。ありがたく半分ほどいただきました。さらにとても美味しいピクルスもおつまみに出してくださいました。

赤いのはトマトのピクルス、美味

 とても気持ちのいい、楽しい後夜祭となりました。夜じゃないけど。それにしても昼からアルコールを注文したことが、僕たちを特定する要因になったのは受けますね。

 オーナーの優しさ、店員さんたちの機転、気配りに感謝。ハッピーバースデーでした。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

シンクロの極致だな

 

糖尿病と闘病中のマリン

 愛猫マリンが昨年6月、糖尿病になり苦闘しています。かかりつけの病院が高額なのです。必要以上の検査をしているとしか思えず、2カ月連続で3万円かかったときには不安になりました。ペットを飼っている人間は盲目的な愛情を持っていて、金も持っているから、巻き上げても問題はないというような姿勢に映ってしまいます。

 ある朝、近所に住む担当医と出くわしました。最近は必要最低限の検査を求めて以来、態度が豹変していたのですが、やはりぎごちない素っ気ない態度にガッカリしました。

 転院しよう。そう決意を固めネットで検索。浮上した候補が徒歩圏のK動物病院でした。

 その日。知人Mさんに誘われMさんの友人Sさん宅で惠理先生とご馳走になりました。すると驚いたことにSさんが飼っている14歳の猫が糖尿病ということなのです。通院している病院を尋ねると、そうです。「K動物病院」だったのです。しかも注射を含めすべてが半額レベル。

 「必要以上の検査はしないから、安心ですよ」とのこと。なんということでしょう。転院を決意した朝の午後に、この情報ですよ。驚きました。そして気持ちが楽になりました。

 最近は、神様に案内されているように感じるシンクロナイズが増えています。ちょっとした「奇跡」の連続を体験しています。誰にだか分かりませんが、ありがとうございます。感謝。

 では、また。ペレレイ、ペレレイ。

飲んでも歩いて帰れるし

骨付きラムは絶品ですがな

 山下公園ラジオ体操の会会長に誘われ、山下町にできたハイアットリージェンシーのランチバイキングに行きました。スパークリング、赤白ワインの飲み放題付です。様々な肉、寿司、中華など和洋中を網羅し、デザートも豊富。味も高レベルで至福のひとときでした。

 ホテルを出て分かれると僕たちはブラブラと元町で買い物をして帰りました。これまた贅沢な時間です。出費は別として環境面だけを考えれば、当たり前のことと思っていました。職住接近ならぬ食住接近ですね。

 原村は違います。歩いて20分弱のところに辛うじて飲める蕎麦・うどんの店が1軒あるばかり。他は車がないといけません。アルコールは無理です。タクシーも少ないし呼べば高い。流しなどあるわけもなく、地方によくある運転代行も遠くに1社あるだけ。こちらはさらに割高で、飲み代が倍になりかねません。

 そうまでして外で飲めますか。金が湯水のように使えるならともかく、当たり前に無理です。2週間の滞在で外飲みは、1度もありませんでした。毎日、惠理先生が驚愕的美味の料理を作ってくれ、八ヶ岳と甲斐駒ヶ岳という名山に囲まれた中での夕食は、プライスレスの贅沢です。

 つまり、どっちもかけがえのない素晴らしさを持っているということになります。どっちも交代で楽しめるなんて、幸せ以外の何物でもありません。感謝の気持ちがよりいっそう強くなりました。

 便利も良し、不便もまた良し。いろいろなことが還暦を過ぎて分かってきたこの頃です。それでは、また。ペレレイ、ペレレイ。

ハマもええなあ、やっぱり

 

久し振りの山下公園でラジオ体操に張り切る惠理先生

 横浜に2週間ぶりに戻ってきました。とてもホッとしました。旅行から帰って来た時の思いとはまた違うものがあります。やはり原村はセカンドなんです。関内がホームと再確認いたしました。

 横浜の素晴らしさを再認識できたこともまた価値のあることです。慣れ切ってしまうと、つい悪い面に気持ちが向いてしまうことはあります。2週間ずつのシーソーライフで両方の良さが楽しめます。

 原村はまだ冬が終わったばかりで、春はまだ先です。樹木も枯れています。花もまだまだこれからです。

 横浜は新緑が目に眩しく、百花繚乱。惠理先生は「春の1番いい時期を逃してしまったかな」と悔しそうです。もちろん原村の良さを堪能し、それはそれで最高でした。

 今後の課題としては、桜の咲く時期もずれているわけですから、両方を楽しむようなスケジュールを組めばいいわけです。すべてうまく行くかは分かりませんが、横浜の良い時期を優先しつつ、原村の良さも引き出す。

 季節でも冬は関内を多めにするとか、柔軟に対応していきたいですね。帰ってきて一番感じたのは、暖かさ。暑いくらいで、さすがに海沿いの南岸は違うと思いました。

 寒暖、都会と田舎、海と山。すべて好対照の土地を楽しんで行きたいと思います。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

デッキの舞台でラジオ体操

陽が上る八ヶ岳をバックにラジオ体操

 デッキがまるで舞台のようです。東に陽が昇る八ヶ岳、南に甲斐駒ヶ岳。名山に囲まれて体を動かす朝のラジオ体操の何と気持ちのいいことでしょうか。

 山下公園で海を前にベイブリッジ、大さん橋ふ頭に囲まれているのも幸せですが、それぞれに良さがあります。甲乙つけがたし。海と山。南岸の温暖な気候と高原の冷涼さ。都会と田舎。すべてが対照的です。両方を満喫できることはプライスレスの贅沢です。

 デッキの前には手作りの畑が広がっています。その中にはカエルが遊びに来たり、小鳥が羽を休めに来たり。

 しかし、鹿です。横断している足跡を発見。今後、農作物ができてきたら、対策が必要です。と、思っていたら隣のトウモロコシ畑に所有者、M青年がたまたまチェックにやってきました。

「トウモロコシもやられました。ビニールを被せるより、ネットで囲うのがいいですよ」とアドバイスをくれました。

 とはいえ、僕たちにできるのか? 「自力で作るのは難しいでしょう? 」

「いえ、そうでもないですよ」

  調べたら杭もネットも豊富に売っています。では早速やってみましょう。次回の課題です。

 体操から脱線してしまいました。キーンと冷たい空気の中でも、太陽が昇って行くにつれて、日差しが暖かくなっていきます。寒くはありません。動いていれば、なおさらです。

 その後、朝食後のコーヒーもデッキで飲みました。夕方のビール(ビアガーデンならぬビアデッキ)もいいけど、コーヒーもまた格別です。

 デッキライフを楽しみます‼ では、また。ペレレイ、ペレレイ。

甲斐駒ヶ岳を眺めながらラジオ体操

軽トラでウキウキ!

向こうに見えるお宅は、お向かいさんです。「お持ち帰り専用車」が、かわいいですね

 原村に半移住するにあたって、7年ぶりにオーナードライバーになりました。久しぶりの運転は不安だったのですが、わずか1カ月半で2200キロを走破。原村だけでなく、高崎の往復も含めて長距離を走りまくり、すでに勘は戻っています。

 もはやドライブが快適で、楽しくなっています。ことに自力で引っ越しをしたため、初めてハイエースを運転するときには心配でしたが、これも杞憂に終わり、かえって視界良好でまったく問題ありませんでした。

 さらに…。原村の隣、富士見町にあるホームセンター綿半(横浜でいえは島忠)が今は行きつけで、足りないものがでてくるたび、連日のように足しげく通っております。その中で30坪の畑の土壌づくりに大量の堆肥やら腐葉土が必要になりました。当然、配送が可能か尋ねたのですが、意外な答えが。

 「1・5トンのトラックをお貸しします。自分で運べば無料ですよ」

 何と! しかしハイエースをさらに上回る大きさです。運転に不安はなくなったものの、やはり躊躇してしまいます。すると、その横にチョコンと軽トラが停まっていました。分量からすれば、そちらで十分です。

 店員さんも「この量なら軽トラで行けます」とのこと。90分まで無料でお借りしました。惠理先生の先導を受けて、慎重に運転していきます。それほど多くないとはいえ、土はやはり重い。坂ではアクセルを踏み込み、エンジンが唸り声を上げます。

 1人運転をしながら、だんだんニヤついてきました。愉快、愉快。メチャクチャ楽しいじゃありませんか。

 原村に半移住してから、初体験の連続です。どれもこれもが楽しい。62歳になってウキウキワクワクの連発です。いやあ、人生っておもしろい。応援してくれている人たち、そして目に見えない応援団に感謝です。

 では、また。ペレレイ、ペレレイ。

縄文の地を耕す

 惠理先生は写真がうまいなあ。鍬が土を削り掬い上げる瞬間をとらえてくれました。野球で言えばバットがボールを打つインパクトです。スマホですからシャッタースピードは速くありません。大したもんです(元スポーツ新聞社写真部デスク評)

 さて写真技術はさておき、子供の頃から読み書きが好きで、仕事もそっち方向に進んだ僕が、まさか畑の土を鍬で耕すなど半年前までは夢にも思っていませんでした。

 ここ原村は縄文の地。220坪の土地のうち、畑にする部分はおよそ30坪(100㎡)。ここに牛糞堆肥300ℓ、腐葉土200ℓ、燻炭500ℓを蒔き、土地の土と混じり合わせるために鍬を振い続ける。なかなかの重労働です。

 前回のブログで書いた土手の石積よりハードでした。しゃがみ込む姿勢ですから腰に負担がかかる。惠理先生の助けを借りてやり終えた時は、しかし充実感が疲労をはるかに上回っていました。

 そして完成したばかりのデッキから畑を眺めながら飲むビールの美味いこと(いつもうまいけど)。甲斐駒ヶ岳、八ヶ岳に囲まれ幸せをかみしめます。人生って、勇気を持って決断すれば、素晴らしい展開を引き寄せることが可能であることを実感します。

 素晴らしきかな人生。第2か第3かわかりませんが、これからの生活が楽しみです。というか、楽しむのです。感謝。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

土砂崩れとの闘いじゃ

 原村の家は八ヶ岳の麓にありますから、緩やかな傾斜があります。家を建てる際には盛土して平らにしていますから、土地の端は50~60センチほどの段差があり土手になっています。大雨が降れば、この傾斜が崩れる恐れがあるのです。土砂崩れですね(笑)

 笑い事ではありません。ここをコンクリートで固めるか、ブロックで塀囲みにするか、方法はいろいろあるそうです。しかし、費用が嵩む(汗) できる限り出費は抑えたい。

 そこで僕が袖をまくったしだいです。寒い中、汗をかきかき、老体に鞭打ちました。ホームセンターで軽量ブロックを購入し、下敷きにします。その上に庭から自力で掘り出した大きい石を積みます。その上に中程度の大きさの石を重ね、さらにその上に小ぶりの石を乗せました。

 写真では分かりにくいでしょうか。いずれにしても僕にとっては、重労働でした。横浜では絶対にやらない肉体を使った仕事です。出来上がった時には、充実感がありました。ビールの美味かったこと。ちなみにビールはいつ飲んでも美味いです(笑)

 外構の職人さんが「美しいです。これだけのことはなかなかできないですよ。これで雨が降ってもぜんぜん違うでしょう」と太鼓判を押してくれました。惠理先生は畑仕事に全力を注いでいますが、僕は及ばずながら、その周囲の助けになればと思います。

 楽しい。意外にも、これが結構楽しいのです。原村、万歳。何でも楽しい。では、また。ペレレイ、ペレレイ。