奇跡の食卓

我が家の庭で惠理先生が育てた野菜がいっぱいの食卓

 3か月前には想像すらできませんでした。7月10日の我が家の夕食は、僕には奇跡の産物としか思えません。惠理先生が丹精込めて作った野菜がズラリと並びました。しかもすべて美味しい。大したもんです。感涙、感涙。

 ほかには蓼科の「おかげさま農園」が一皿200円で提供してくれるレタスにインゲン。すべて無農薬の自然栽培です。有機ですらない。完ぺきなナチュラルフードです。

 惠理先生には、たびたび驚かされます。5年前、「わたし本を出す」と言ったときには「馬鹿か」と思わず口走ってしまいました。そりゃ金を出せば自費出版はできますよ。でもね、出版社が出してくれる商業出版は極めて難しい。当時はまだ現役でギョーカイに身を置いていた僕には、実現できるわけがないと思うのも無理はないでしょう。ところが僅か半年後に「ペレレイ」は世に出ました。

 子供の頃から通っていた伊勢佐木町の有隣堂に本が並んだ時、僕はその本を前に涙をこぼしていました。僕の夢がそこにあったのです。(次は僕の番だ)

 そもそも二人の出会いがチョー絶ミラクルなんですがね。それは割愛させていただくとして、その後も奇跡的なことは絶え間なく起き続けてきました。

 しかーし。自分で畑を作り自給自足をするって! そりゃ、あーた。出版に勝るとも劣らぬ奇跡じゃあーりませんか。ところが僅か3か月後、写真の食卓ですわ。ぶったまげるでしょ。

 さて次は、どんな奇跡が起きるのかな。楽しみです。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

僕はハッピーエンドがいいなあ

 長野・原村では惠理先生の畑仕事を手伝う以外は自由時間を満喫しています。本を読んだり音楽を聴いたり…。中でも時間がたっぷりとれるのが映画鑑賞です。現役時代は余裕がなく、満足に好きな映画を観ることもできませんでした。

 というか、心にゆとりがなかったと思います。時間なんて作ろうと思ば、何とでもなるはずです。ただ今は、その気持ちがなくても、そこにドーンと時間がある。その気になれば何をするのも、まさに自由なんです。こんな贅沢はありません。

 ヴィヴィアン・リーの「哀愁」を観ました。ミステリーの3冠を獲得した辻真先の「たかが殺人じゃないか」を読んでいたら、「哀愁」が出てきました。「そういえば最近、BSプレミアムで録画したな」と思い出したのです。

 1940年の映画です! 太平洋戦争前ですよ。僕が生まれる18年前の作品です。もちろん白黒。内容は完全無欠の悲恋です。ヒロインは、愛した将校が戦死した誤報を見てから転落していきます。連絡も取れず、娼婦に身を落とす。死んでいなかった将校と奇跡の再会を果たすが、もちろん結ばれません。映像は美しいし、何よりヴィヴィアン・リーは魅力的です。が、理不尽な顚末に後味は悪いです。

 僕はお子ちゃまですね。最近見た「愛と青春の旅立ち」みたいなハッピーエンドがいいな。同じくリチャード・ギアの「プリティ・ウーマン」とそっくりなエンディングですが、こういう単純な方がスッキリします。快哉を叫んじゃいます。どっちも王子様的なヒーローが不幸な女性を最後の最後に迎えに行くというシンデレラストーリー。俺ってガキか! でも好きなんだからしょうがない。

 とはいえ古い映画も久しぶりに観て、勉強になりました。世界観と言うか、雰囲気と言うか。時代的な空気感と言うか。作品じたいはよくできていますからね。ただ好みじゃないと言うだけで。好き嫌いは十人十色。そう思うと、自分の好きなことを好きなように書く勇気も湧いてきます。

 やっぱり映画っていいもんですね! では、また。ペレレイ、ペレレイ。

縄文時代へひとっ飛び

尖石縄文考古館の裏にある与助尾根遺跡

 長野・原村の家から車で15分のところにある尖石縄文考古館に行って来ました。ここは考古館前の道路をはさんで広がる尖石遺跡と考古館の裏手には与助尾根遺跡もあります。この考古館には尖石周辺の遺跡から出土した土偶などが数多く展示されています。

 中には国宝の「縄文のビーナス」(棚畑遺跡)や、同じく国宝の「仮面の女神」(茅野市湖東=こひがし=の中ッ原遺跡)もあります。惠理先生は「縄文のビーナス」を見た途端、驚きの声をあげました。「ペレレイのセッション中に現れた女神だ」と。何というシンクロでしょう。嘘の訳はありません。嘘をつく必要などどこにもありません。ことに僕に対して。もちろん僕は本当のことだと思います。

 僕も考古館に入るやいなや、ワクワクしてきました。なぜでしょう。ここにいたことがあるのでしょうか。やはり自宅近くにある「阿久遺跡」では逆にあまりいい感じがしませんでした。もしかして阿久の住民と対立していたのでしょうか。なーんて妄想が膨らみ、夢が広がり、楽しくてなりません。

 弥生時代と聞いてもロマンは感じないのですが、不思議と「縄文」という響きには心がときめいてしまいます。大好きなサディスティック・ミカ・バンドに「タイムマシンにお願い」という名曲がありますが、タイムマシンに乗って縄文時代に行ってみたいものです。

 どういう言葉をしゃべっていたのだろう。尖石周辺は紀元前5000年ほど前に栄えていたようですが、なんせ7000年も前の人々がどのような生活をしていたのか、恋愛はどうだったのかなんて考えていると楽しいですね。

 原村界隈は遺跡の宝庫です。縄文の土地です。何やら楽しいことが起きそうです。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

身近にある絶景かな

霧ヶ峰から望む北アルプス

 霧ヶ峰に行って来ました。原村の家から車で40分です。高原から見る山容は格別でした。360度は言えませんが、270度は山々が見えます。八ヶ岳連峰、南アルプス、中央アルプス、そして穂高岳や槍ヶ岳で知られる北アルプスが良く見えるんです。

 惠理先生は「ハワイ島のサウスポイントとエネルギーが似ている」と感嘆の声を上げていました。僕には感じることができませんが、サウスポイントは270度海が見える断崖絶壁、ハワイ島の最南端にあるパワースポットです。

 海と山の違いはありますが、荘厳な感じは確かによく似ています。それが家からわずか40分で行けてしまうのです。旅気分がいともたやすく手に入るのだから、これほど贅沢なことはありません。

 僕たちが景色を堪能した「忘れ路の丘」の辺りは標高1700メートル弱でしょうか。6月9日は暑いくらいの気候で、無警戒に半袖で出かけたところ、車から降りるとヒンヤリと寒いので驚きました。原村の自宅はおよそ1150メートルほどらしいのですが、500メートルも違うと全く空気感が違います。服装を含めしっかり準備しないといけません。

 本格的な登山は体力的に厳しいですが、ハイキング程度の山登りは楽しみたいと思います。せっかく長野に来たんだから、ですよね。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

カリスマ美容師になった気分

雑草刈る前(少し高めの位置からの撮影だが、向こうにある隣の畑は見えません)
雑草刈った後(少し低めの位置から撮影しましたが、向こうにある隣の畑の土が見えますね)

 長野原村へ12日ぶりに来て驚きました。短かく少なかった雑草が、ボウボウになっていました。信じられない成長力です。さすがです。

 3日間かけて家から見える主だった場所に生えている雑草軍団を刈り込みました。電動草刈り機で根元からバッサバッサと刈ってしまえば楽ですが、共に生えている花々は残して生かします。ですから雑草だけをつかんでカットしていくので時間はかかるし、かがみこむので疲労性腰痛との闘いです。

 ちなみに、この雑草は畑に植えた作物の上に被せます。これは2週おきの二重生活なので水遣りができないための農法です。さらに作物を布団のように守り、栄養ともなるのです。そして雑草の生命力にも負けない強い野菜が育っていくのです。このやり方は惠理先生が勉強して仕込んだもの。僕はそのお手伝いです。

 斜面の石垣作り、耕地、鹿よけネット張りと数々の肉体的試練をかいくぐってきましたが、この草刈正雄が一番しんどい。かもしれません。いや待て、ネット張りの杭打ちはきつかったぜ。ちょっと待ってくれ、やっぱり土を掘り起こすのもハードだった。つまり、今やっている作業が一番生々しいということでしょうね。

 それでも、すべて終わった後の充実感、解放感は清々しいです。で、温泉に入り、出た後に飲むビールの何と美味しいことか。クーッ、たまりません。

 原村から帰ると、いつもお世話になっている整体の先生に体の手入れをしていただくのですが、こうしたハードワークをした後のマッサージは強烈に痛いのです。前回は「タイヤを押しているみたいです」と言われました。マッサージが気持ちいいというのは、温泉で受けるような娯楽としてのリラクゼーションです。

 野球選手、ことに投手はみっちり1時間や2時間をかけてマッサージを受けるのですが、それは悲鳴もののようです。練習よりキツイとか。それ、わかります。激しい肉体労働をした後のマッサージは、脂汗にまみれ、歯を食いしばり、それでも歯の間からうめき声が漏れてしまうのです。恥ずかしながら。

 その後のビールの何と…。それはさすがに嘘です。マッサージはしんどいだけ。でも畑仕事の後、温泉で体を温め、その後に飲むビールは違いますよ。飲むためにやっているのかって? ハイ、そうです。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

猫っかわいがりだすな

入れ物があると必ず入ります!

 猫をかわいがる。猫っかわいがりと言いますね。犬の場合は、犬っかわいがりとは言いません。何ででしょうか。惠理先生も、ことマリンに対すると、この文字通りの「猫っかわいがり」です。

 僕は犬も猫もあまり可愛いとは思っていませんでした。ペットを飼うのは人間のエゴではないかと思うくらいでしたから。しかし一緒に暮らすようになって7年にもなるマリンには、やはり愛情が芽生えております。自分がマリンを「猫っかわいがり」していることに気づくと、驚いてしまいます。

 「猫を被る」は表面上、大人しく見せる、と言う意味ですね。ということは、本物の猫は大人しいということになります。確かに犬と比べると分かります。マリンも毅然としています。貴婦人と呼ぶ人もいます。

 反面で愛想はないですよね。犬のようになついては来ません。名前を呼んでも無視することも多い。犬ならそれはないでしょう。不思議な習性ですよね。マイペースです。「私は私」を貫き通します。ここらへんは見習うといいかもしれません。媚びない。へつらわない。大したもんです。

 僕は喜怒哀楽が激しいといいますか、大人しそうに見えて、結構な激情型です。猫を見習って「猫を被る」のもいいかもしれません。それって偽りじゃん。でも、それが板につてくれば、それが自分になるのかもしれません。毅然と、冷静に。猫のように。ニャーンてね。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

アマゾン+中国製品でどうなった

 長野原村のデッキに置くテーブルセットを買いました。日当たりが良いのでガーデンパラソルも購入。このパラソルが中国製品であることは分かっていませんでした。ブランド名では判断できなかったのです。途中、配送状況を確認したところ「追跡できません」と表示され、嫌な予感が…。

 無事に届きましたが、開いて見たら半円、つまり傘が半分でした。よく見れば「半円」とは書いてありましたが、深く考えませんでした。まさか半分なんてね。でも、景観上いいのではと、不承不承納得して、いざオープン。しかし2,3回開け閉めしてみたら、すぐ開閉できなくなりました。よく見ると支柱を支えている部分のプラスチックが避けて開閉ハンドルが空回りしていたのです。

 愕然。あっという間の製品不良。アマゾンで返品の手続きに入りましたが、配送担当の佐川急便では中国へ送れないとのこと。郵便局ではどうかと提案されましたが、脳内に映し出された原村郵便局の映像が「無理じゃないの」と言っています。そこでDHLに問い合わせたところ「可能ではあります」と。

 料金は4万5000円。えっ! 再び愕然。商品は1万3000円程度。大赤字じゃないですか。もう諦めました。僕が悪かった。うかつだった。これからはメーカー名を見て明らかに日本製と分からない限り、大きな商品をアマゾンでは買うまいと固く心に誓うのでした。

 さてどうしましょう。行きつけのホームセンター綿半へ。いつものように軽トラを借りて持ち返り、不良品も無料で回収してくれました。さすが、わが友「綿半」よ。感謝。

 さて後日。夜中に惠理先生が驚きの声を上げました。「アマゾンから返金完了しましたってメールが入っているよ」。商品を返品していないのに。しかも返品期間はまだまだ先なのに、あっという間に返金してくれました。

 なぜでしょう。惠理先生曰く「良くアマゾンを利用しているからかな」。そうなんでしょうかね。いずれにしても激高から一転して感謝です。赤字は一切生じませんでした。しかも綿半の製品の方が比べようもなく良かったです。最初から綿半で買っていれば…。でも勉強になりました。

 では、また。ペレレイ、ペレレイ。

このデッキに置くガーデンパラソルの写真は撮っていませんでした。すいません!

原村もネット世界ですか!

鹿よけネットを背にご満悦の僕です

 二重生活を始めた長野の原村で、惠理先生と畑づくりを始めました。と、同時に畑を害獣から守るため、防護ネットも作り始めました。その労作、大作?が完成したのです。感激!

 ある日、家の前に広がる広大な畑の中を疾走する、つがいの鹿を目撃しました。ご近所さんからの目撃談は聞いていましたが、やはり本当に普通に鹿はいるんだと改めて実感しました。

 さらに後日、隣の畑を横断する足跡が、延長線上にある我が家の畑も横切っているのを発見。これはネット作りを急がなければいけません。そうでないと、惠理先生の作物作りの予定に大きなしわ寄せがいってしまいます。

 簡単ではありませんでした。八ヶ岳の麓で土地は斜面になっており、平らに整地しています。運び込んだ埋め立て用の土には大小の石がたくさん混入していたのです。畑の土を耕すときも掘れども掘れども石ばかりが出てきて往生しました。

 ネットの杭を打ち込むのも同様です。石との闘いでした。鍬を打ち込むとカーンと音が響きます。そのたび、嫌な気持ちになりました。いったい、どれだけ石が埋まっているのか。家の地盤としては堅くてよろしい。しかし畑づくりには難敵でした。

 何とか克服して、出来上がったネットを見れば、充実感を味わうことができました。こんな気持ちはいつ以来でしょうか。そもそも、こんな気持ちって今までにあったかしら。初めての感動ではないでしょうか。

 田舎暮らしの醍醐味です。これからもすべてを大いに楽しんで行きます。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

生命の生中継や!

庭に生えていた雑草。左上に見えている車が通る砂利道のあちらこちらにもニョキニョキ。撮影せずに刈ってしまったので、その横の砂利の少ないところの雑草を写しました。

 5月6日、ゴールデンウイーク明けに原村へ戻りました。関内にいたのは15日、半月でした。たったそれだけなのに、関内へ帰る前にはまったく生えていなかった雑草がそこかしこに顔を出しています。

 冬に雪が積もっても車がドロドロにならないようにと敷いた砂利道のそこかしこにも生えていました。砂利は3層にしてあるのです。敷いて圧縮し、2層目を敷いた後も圧縮、その上に3層目を敷いています。つまりかなり厚く固めてあります。

 そんなこと知ったことかい、と言わんばかりにグイグイと育っているのです。気色良いものではありませんが、素直に感心もします。横浜には見られない逞しい草です。

 もうひとつは水田の住人に感動しました。2週間前にはなかった水田があちこちにできていました。夜になると、ゲコゲコというカエルの大合唱が夜空の下で盛大に聞こえます。デッキに出てビールを飲みながら、惠理先生と聞き惚れていました。

 「私は、これが聞きたかったのよ。あー、幸せ。楽しい」と恵理先生は、とても嬉しそうです。いつの間に、どこからこれだけ数多(あまた)のカエルが出てきたのでしょう。不思議です。

 さらには空中戦も見ました。一夜明けた翌7日午前。先述した雑草を刈っていると、トンビと烏が空を飛びながらバトルを展開しています。なかなかの見ものでした。ガメラ対ギャオスか(古っ、笑)。生きる闘いです。しかし海だけでなく、山にもトンビはいるんですね。

 原村は、いろんなものを見せてくれます。生命の生中継です。あー、たまらん。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

5月5日、江の島で見たゴムの木。鉢植え? その下の地面に根を張っている? 神秘的や(笑)

欲しいものがあったら我慢しろ?

椋鳥ですか?

 84歳の母にバラの鉢植えを贈り(送り)ました。「立派なバラをありがとう」と、お礼の電話がかかってきました。本当に喜んでいるのだろうか。花より団子なんです。母と妹は。それでも声の調子には確かに嬉しそうな響きは感じられます。やはり女性なのかな、そう思うと良かったです。何しろ花などプレゼントしたのは子供の頃のカーネーション以来ですから。

 まだ母の日ではありませんが、母のことを考えていると、やはり昔のことが思い出されます。小さい子が泣きわめいているのを見ると、「いったいどんな躾をしているのか」と腹立たしく眺めます。泣けば親は折れる、自分の望みは叶う。そういう風に学習しているのではないか。なぜなら無駄なことはしないはずだからです。犬猫と同じです。

 僕はどうだったでしょうか。自分の息子を思い出しても、僕もたぶん泣きわめく方ではなかったように思います。泣いても無駄だから。たぶんそうでしょう。

 「欲しいものがあったら、しばらく我慢して考えてごらん。何日かしても欲しかったら、それは必要なもの。そうでなかったらいらない物だね」。母には、そう教えられていました。もっとも買ってやりたくても、経済的に許さなかったということが最大の理由だったとは思いますが。

 「そうなのかな。そんなはずあるまい」と幼心に思っていました。しかし、何日かすると、ほとんどの物は欲しいと思わなくなっている。というより、むしろ忘れてしまっている。一過性の熱なんでしょうね。親は、というか大人はそれを分かっている。

 子供の頃は、すぐ欲しくなりました。何でも欲しくなりました。おもちゃでも食べ物でも飲み物でも。今は物欲が減少してきていますね。年取ってきて、そう思います。それでも生に対する固執みたいなものは、年をとって増していくというようなことは聞きます。

 本当にそうなのかな。若い頃は死が異常に恐ろしかったし、絶対に死にたくなかった。親が死んだら気が狂うとも思っていました。今はそうでもないと言ったら問題ですが、父が7年前に亡くなった時には意外と落ち着いていました。逆に年を経るにしたがって、父への感謝の気持ちが増しています。

 とりとめなくなりました。花を贈って考えたこと。以上です。では、また。ペレレイ、ペレレイ。