トラウマ

衝撃映像が怖いのだ

 僕は臆病です。怖がり。ビビり。夕方のニュース番組で、よく海外の事故映像が流されます。ゾっとしますね。

 ある時、気づいたことがあります。圧倒的に中国のアクシデントが多いということに。なぜだろう。日本ではあまり見たことありません。

 で、考えました。我がマンションは関内という立地条件(中華街の近く)もあって、中国の人が4分の1ほど住んでいます。日本人とは違う生態を伺うことができます。管理会社によると、やはり周辺は、ここより外側に立地する日本人がほとんどのマンションとは状況が違うとか。まあ、それはいいとして…。

 北京だったか、ユニクロがオープンする日の映像に「衝撃」を受けました。シャッターが上がり始めると、中国人がその隙間から我先に他人を蹴散らして店内に入っていく。割り込み、横入りなんて当たり前。

 すべて自分中心です。欧米の独立精神、個人主義とは違います。中華思想の影響でしょうか。世界の中心にあるのが中国という考え方です。よく言えば誇り高い民族だと思います。

 ワン・ジョンの書いた「中国の歴史認識はどう作られたか」によると、アヘン戦争の起きた1840年から1945年(第2次世界大戦の終結)までの100年が「国恥の100年」と言われているそうです。アヘン戦争でイギリスにコテンパンにのされてからの100年ですね。これが今の中国人のトラウマだと思います。かわいそうではありますが、その反動はあります。とにかく我先に、です。

 日本人は「恥の文化」です。遠慮第一。他人を押しのけることが苦手です。マナー、エチケット、ルール順守。当たり前ですよね。

 この違いかな、と思います。中国で起きる驚愕の事故は、その精神性に寄る部分もあるのかな、と。僕たちは運転するとき、周りへの気配りを必死にしますよね。だから事故らない。もっとも最近の日本人も崩れて来ていて、「あおり運転」など常識はずれの人たちが増えており、嘆かわしいことですが。

 中国を非難しているわけではありません。必ず原因があり、その理解も大事かなと。とはいえ宗教戦争があるくらい、他人の信じる神様さえ否定する狭量の人が多いのが我々人間ですもんね。成り立ちの違う国民性を理解するのは難しいと思います。

 最近、小難しいですかね。でも、よろしくお願いいたします。

では、また。ペレレイ、ペレレイ(ペレレイは愛のエネルギーです!)

地震は猫も怖がる!?

 13日23時8分ごろ、グッスリ眠っているとグラグラ来ました。体を起こすと、チェアの上でやはり起き上がって辺りの様子を窺う愛猫マリンの姿がありました。警戒心を露に「何事が起っているんだ」という気配を漂わせていました。

 またもや福島、宮城沖で起きた震度6強の大地震。10年前の東日本大震災ほどではないと思ったものの、やはり怖かったですね。

 小学生の頃、記憶では震度5クラスの地震が2日続けてありました。親が火の元の確認などで慌てている。外に出た方がいいのか…。とにかく恐怖に包まれました。とても長く感じた。

 怖い体験って、忘れないものですね。トラウマみたいなものでしょうか。精神的に圧力を受けたわけではないけど、肉体的に生命のピンチを感じました。

 恐怖は人を無力化するのかな。「恐怖政治」がそうです。大衆を檻に閉じ込め、恐怖で覆ってしまう。外に逃げ出せない、何もできない、抵抗できない。そして権力者が思いのままに人々を操っていく。

 コロナも同じ匂いがします。キーワードは恐怖。その裏側で何が進行しているのか。いつまで続くのか。事実は分かるのか。地震、雷、火事、コロナ。時代が変わると、恐れの対象も変わります。

 せめて自分は平常心で生きて行くことを心がけて行きたいものです。

では、また。ペレレイ、ペレレイ。

寒さに弱くなりました

 横浜は1月2日から12日まで日の出が最も遅い6時51分でした。(東京は若干違いますよ、国立天文台暦計算室による、機関によって情報がなぜか少し違う)。今日1月13日は6時50分。これから少しづつ日の出が早くなっていきます。春の訪れですね。

 偶然にも今冬2度目の大寒波も峠を過ぎ、13日は穏やかな冬晴れです。日の光も暖かいです。

 体が楽ですね。還暦を過ぎ今年63歳になりますが、ここ数年、年年歳歳、寒さに弱くなってきました。若い時は「今日は寒いですね」とあいさつ代わりに言われると、嘘のつけない僕は困っていました。まったく寒さを感じていなかったのです。8月生まれのくせに暑さには弱かったけど寒さには強かった。

 僕の幼少期、もう半世紀も前は冬は横浜でも厳しかった。積雪が1メートルを超えることもあって、家の横の坂道で橇遊びをしたり、かまくらを作ったりしていましたよ。

 学校でも雪合戦が楽しくて楽しくて、トイレを我慢して遊んでいました。ぎりぎりになってトイレに駆け込み、便器を前にしたところで安心したのか、チャックを下ろしながら漏らしてしまったことがあります。黙って家に帰って着替えて戻りました。その時のトラウマでしばらくトイレが近かった。バス旅行など、恐怖ですらありました。

 ま、今では愉快な思い出です。最近は雪も少なくなり、しばれるような寒さはほとんどない。それなのに寒さには弱くなり、昔はしていなかった手袋やマフラー、ニット帽など総動員です。

 だから4月から二重生活をする長野県の原村の冬がちょっぴり心配です。30代後半に青森支局を1年経験して雪の深さには耐性があるように思いますが、原村は雪より路面が凍結する寒さのようです。

 ヒエーッ。大丈夫か! 当初は昨年12月末の完成予定が春に伸びたのはよかったけど、引き渡し予定が3月31日。引っ越し代が通常の3倍だって。そっちの方が寒いわ! とはいえ楽しみの方が3倍以上です。では、また。