原村

僕はハッピーエンドがいいなあ

 長野・原村では惠理先生の畑仕事を手伝う以外は自由時間を満喫しています。本を読んだり音楽を聴いたり…。中でも時間がたっぷりとれるのが映画鑑賞です。現役時代は余裕がなく、満足に好きな映画を観ることもできませんでした。

 というか、心にゆとりがなかったと思います。時間なんて作ろうと思ば、何とでもなるはずです。ただ今は、その気持ちがなくても、そこにドーンと時間がある。その気になれば何をするのも、まさに自由なんです。こんな贅沢はありません。

 ヴィヴィアン・リーの「哀愁」を観ました。ミステリーの3冠を獲得した辻真先の「たかが殺人じゃないか」を読んでいたら、「哀愁」が出てきました。「そういえば最近、BSプレミアムで録画したな」と思い出したのです。

 1940年の映画です! 太平洋戦争前ですよ。僕が生まれる18年前の作品です。もちろん白黒。内容は完全無欠の悲恋です。ヒロインは、愛した将校が戦死した誤報を見てから転落していきます。連絡も取れず、娼婦に身を落とす。死んでいなかった将校と奇跡の再会を果たすが、もちろん結ばれません。映像は美しいし、何よりヴィヴィアン・リーは魅力的です。が、理不尽な顚末に後味は悪いです。

 僕はお子ちゃまですね。最近見た「愛と青春の旅立ち」みたいなハッピーエンドがいいな。同じくリチャード・ギアの「プリティ・ウーマン」とそっくりなエンディングですが、こういう単純な方がスッキリします。快哉を叫んじゃいます。どっちも王子様的なヒーローが不幸な女性を最後の最後に迎えに行くというシンデレラストーリー。俺ってガキか! でも好きなんだからしょうがない。

 とはいえ古い映画も久しぶりに観て、勉強になりました。世界観と言うか、雰囲気と言うか。時代的な空気感と言うか。作品じたいはよくできていますからね。ただ好みじゃないと言うだけで。好き嫌いは十人十色。そう思うと、自分の好きなことを好きなように書く勇気も湧いてきます。

 やっぱり映画っていいもんですね! では、また。ペレレイ、ペレレイ。

縄文時代へひとっ飛び

尖石縄文考古館の裏にある与助尾根遺跡

 長野・原村の家から車で15分のところにある尖石縄文考古館に行って来ました。ここは考古館前の道路をはさんで広がる尖石遺跡と考古館の裏手には与助尾根遺跡もあります。この考古館には尖石周辺の遺跡から出土した土偶などが数多く展示されています。

 中には国宝の「縄文のビーナス」(棚畑遺跡)や、同じく国宝の「仮面の女神」(茅野市湖東=こひがし=の中ッ原遺跡)もあります。惠理先生は「縄文のビーナス」を見た途端、驚きの声をあげました。「ペレレイのセッション中に現れた女神だ」と。何というシンクロでしょう。嘘の訳はありません。嘘をつく必要などどこにもありません。ことに僕に対して。もちろん僕は本当のことだと思います。

 僕も考古館に入るやいなや、ワクワクしてきました。なぜでしょう。ここにいたことがあるのでしょうか。やはり自宅近くにある「阿久遺跡」では逆にあまりいい感じがしませんでした。もしかして阿久の住民と対立していたのでしょうか。なーんて妄想が膨らみ、夢が広がり、楽しくてなりません。

 弥生時代と聞いてもロマンは感じないのですが、不思議と「縄文」という響きには心がときめいてしまいます。大好きなサディスティック・ミカ・バンドに「タイムマシンにお願い」という名曲がありますが、タイムマシンに乗って縄文時代に行ってみたいものです。

 どういう言葉をしゃべっていたのだろう。尖石周辺は紀元前5000年ほど前に栄えていたようですが、なんせ7000年も前の人々がどのような生活をしていたのか、恋愛はどうだったのかなんて考えていると楽しいですね。

 原村界隈は遺跡の宝庫です。縄文の土地です。何やら楽しいことが起きそうです。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

身近にある絶景かな

霧ヶ峰から望む北アルプス

 霧ヶ峰に行って来ました。原村の家から車で40分です。高原から見る山容は格別でした。360度は言えませんが、270度は山々が見えます。八ヶ岳連峰、南アルプス、中央アルプス、そして穂高岳や槍ヶ岳で知られる北アルプスが良く見えるんです。

 惠理先生は「ハワイ島のサウスポイントとエネルギーが似ている」と感嘆の声を上げていました。僕には感じることができませんが、サウスポイントは270度海が見える断崖絶壁、ハワイ島の最南端にあるパワースポットです。

 海と山の違いはありますが、荘厳な感じは確かによく似ています。それが家からわずか40分で行けてしまうのです。旅気分がいともたやすく手に入るのだから、これほど贅沢なことはありません。

 僕たちが景色を堪能した「忘れ路の丘」の辺りは標高1700メートル弱でしょうか。6月9日は暑いくらいの気候で、無警戒に半袖で出かけたところ、車から降りるとヒンヤリと寒いので驚きました。原村の自宅はおよそ1150メートルほどらしいのですが、500メートルも違うと全く空気感が違います。服装を含めしっかり準備しないといけません。

 本格的な登山は体力的に厳しいですが、ハイキング程度の山登りは楽しみたいと思います。せっかく長野に来たんだから、ですよね。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

カリスマ美容師になった気分

雑草刈る前(少し高めの位置からの撮影だが、向こうにある隣の畑は見えません)
雑草刈った後(少し低めの位置から撮影しましたが、向こうにある隣の畑の土が見えますね)

 長野原村へ12日ぶりに来て驚きました。短かく少なかった雑草が、ボウボウになっていました。信じられない成長力です。さすがです。

 3日間かけて家から見える主だった場所に生えている雑草軍団を刈り込みました。電動草刈り機で根元からバッサバッサと刈ってしまえば楽ですが、共に生えている花々は残して生かします。ですから雑草だけをつかんでカットしていくので時間はかかるし、かがみこむので疲労性腰痛との闘いです。

 ちなみに、この雑草は畑に植えた作物の上に被せます。これは2週おきの二重生活なので水遣りができないための農法です。さらに作物を布団のように守り、栄養ともなるのです。そして雑草の生命力にも負けない強い野菜が育っていくのです。このやり方は惠理先生が勉強して仕込んだもの。僕はそのお手伝いです。

 斜面の石垣作り、耕地、鹿よけネット張りと数々の肉体的試練をかいくぐってきましたが、この草刈正雄が一番しんどい。かもしれません。いや待て、ネット張りの杭打ちはきつかったぜ。ちょっと待ってくれ、やっぱり土を掘り起こすのもハードだった。つまり、今やっている作業が一番生々しいということでしょうね。

 それでも、すべて終わった後の充実感、解放感は清々しいです。で、温泉に入り、出た後に飲むビールの何と美味しいことか。クーッ、たまりません。

 原村から帰ると、いつもお世話になっている整体の先生に体の手入れをしていただくのですが、こうしたハードワークをした後のマッサージは強烈に痛いのです。前回は「タイヤを押しているみたいです」と言われました。マッサージが気持ちいいというのは、温泉で受けるような娯楽としてのリラクゼーションです。

 野球選手、ことに投手はみっちり1時間や2時間をかけてマッサージを受けるのですが、それは悲鳴もののようです。練習よりキツイとか。それ、わかります。激しい肉体労働をした後のマッサージは、脂汗にまみれ、歯を食いしばり、それでも歯の間からうめき声が漏れてしまうのです。恥ずかしながら。

 その後のビールの何と…。それはさすがに嘘です。マッサージはしんどいだけ。でも畑仕事の後、温泉で体を温め、その後に飲むビールは違いますよ。飲むためにやっているのかって? ハイ、そうです。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

アマゾン+中国製品でどうなった

 長野原村のデッキに置くテーブルセットを買いました。日当たりが良いのでガーデンパラソルも購入。このパラソルが中国製品であることは分かっていませんでした。ブランド名では判断できなかったのです。途中、配送状況を確認したところ「追跡できません」と表示され、嫌な予感が…。

 無事に届きましたが、開いて見たら半円、つまり傘が半分でした。よく見れば「半円」とは書いてありましたが、深く考えませんでした。まさか半分なんてね。でも、景観上いいのではと、不承不承納得して、いざオープン。しかし2,3回開け閉めしてみたら、すぐ開閉できなくなりました。よく見ると支柱を支えている部分のプラスチックが避けて開閉ハンドルが空回りしていたのです。

 愕然。あっという間の製品不良。アマゾンで返品の手続きに入りましたが、配送担当の佐川急便では中国へ送れないとのこと。郵便局ではどうかと提案されましたが、脳内に映し出された原村郵便局の映像が「無理じゃないの」と言っています。そこでDHLに問い合わせたところ「可能ではあります」と。

 料金は4万5000円。えっ! 再び愕然。商品は1万3000円程度。大赤字じゃないですか。もう諦めました。僕が悪かった。うかつだった。これからはメーカー名を見て明らかに日本製と分からない限り、大きな商品をアマゾンでは買うまいと固く心に誓うのでした。

 さてどうしましょう。行きつけのホームセンター綿半へ。いつものように軽トラを借りて持ち返り、不良品も無料で回収してくれました。さすが、わが友「綿半」よ。感謝。

 さて後日。夜中に惠理先生が驚きの声を上げました。「アマゾンから返金完了しましたってメールが入っているよ」。商品を返品していないのに。しかも返品期間はまだまだ先なのに、あっという間に返金してくれました。

 なぜでしょう。惠理先生曰く「良くアマゾンを利用しているからかな」。そうなんでしょうかね。いずれにしても激高から一転して感謝です。赤字は一切生じませんでした。しかも綿半の製品の方が比べようもなく良かったです。最初から綿半で買っていれば…。でも勉強になりました。

 では、また。ペレレイ、ペレレイ。

このデッキに置くガーデンパラソルの写真は撮っていませんでした。すいません!

原村もネット世界ですか!

鹿よけネットを背にご満悦の僕です

 二重生活を始めた長野の原村で、惠理先生と畑づくりを始めました。と、同時に畑を害獣から守るため、防護ネットも作り始めました。その労作、大作?が完成したのです。感激!

 ある日、家の前に広がる広大な畑の中を疾走する、つがいの鹿を目撃しました。ご近所さんからの目撃談は聞いていましたが、やはり本当に普通に鹿はいるんだと改めて実感しました。

 さらに後日、隣の畑を横断する足跡が、延長線上にある我が家の畑も横切っているのを発見。これはネット作りを急がなければいけません。そうでないと、惠理先生の作物作りの予定に大きなしわ寄せがいってしまいます。

 簡単ではありませんでした。八ヶ岳の麓で土地は斜面になっており、平らに整地しています。運び込んだ埋め立て用の土には大小の石がたくさん混入していたのです。畑の土を耕すときも掘れども掘れども石ばかりが出てきて往生しました。

 ネットの杭を打ち込むのも同様です。石との闘いでした。鍬を打ち込むとカーンと音が響きます。そのたび、嫌な気持ちになりました。いったい、どれだけ石が埋まっているのか。家の地盤としては堅くてよろしい。しかし畑づくりには難敵でした。

 何とか克服して、出来上がったネットを見れば、充実感を味わうことができました。こんな気持ちはいつ以来でしょうか。そもそも、こんな気持ちって今までにあったかしら。初めての感動ではないでしょうか。

 田舎暮らしの醍醐味です。これからもすべてを大いに楽しんで行きます。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

生命の生中継や!

庭に生えていた雑草。左上に見えている車が通る砂利道のあちらこちらにもニョキニョキ。撮影せずに刈ってしまったので、その横の砂利の少ないところの雑草を写しました。

 5月6日、ゴールデンウイーク明けに原村へ戻りました。関内にいたのは15日、半月でした。たったそれだけなのに、関内へ帰る前にはまったく生えていなかった雑草がそこかしこに顔を出しています。

 冬に雪が積もっても車がドロドロにならないようにと敷いた砂利道のそこかしこにも生えていました。砂利は3層にしてあるのです。敷いて圧縮し、2層目を敷いた後も圧縮、その上に3層目を敷いています。つまりかなり厚く固めてあります。

 そんなこと知ったことかい、と言わんばかりにグイグイと育っているのです。気色良いものではありませんが、素直に感心もします。横浜には見られない逞しい草です。

 もうひとつは水田の住人に感動しました。2週間前にはなかった水田があちこちにできていました。夜になると、ゲコゲコというカエルの大合唱が夜空の下で盛大に聞こえます。デッキに出てビールを飲みながら、惠理先生と聞き惚れていました。

 「私は、これが聞きたかったのよ。あー、幸せ。楽しい」と恵理先生は、とても嬉しそうです。いつの間に、どこからこれだけ数多(あまた)のカエルが出てきたのでしょう。不思議です。

 さらには空中戦も見ました。一夜明けた翌7日午前。先述した雑草を刈っていると、トンビと烏が空を飛びながらバトルを展開しています。なかなかの見ものでした。ガメラ対ギャオスか(古っ、笑)。生きる闘いです。しかし海だけでなく、山にもトンビはいるんですね。

 原村は、いろんなものを見せてくれます。生命の生中継です。あー、たまらん。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

5月5日、江の島で見たゴムの木。鉢植え? その下の地面に根を張っている? 神秘的や(笑)

異世界が気になるし

 4月24日、学習院大学の中条省平教授が県立神奈川近代文学館で行った記念講演会「私の好きな『新青年』の作家たち―乱歩、久作、十蘭」を聞きに行きました。久しぶりに文化の空気を吸いました。とても面白かったです。

 入場料は、たったの1000円。徒歩圏内で気軽にハイレベルな講演を聞くことができる。なんとも贅沢な環境だと思います。

 不思議な導きでした。僕は中条さんが取り上げた3人の作家を読んだことがなかったんです。講演に行くことが決まってから急きょ、久生十蘭短篇選だけ買って読み始めたばかり。

 郵便ポストに入る「かながわ県のたより」紙を眺めていた時、上記の後援会の告知が目に飛び込んだのです。なぜか「行きたい」と思いました。

 どちらかといえば鴎外、漱石などリアリズムの文学を好んで読んできました。新青年系の作家による異世界、空想的、幻想的な世界観には馴染みがありませんでした。

 ところが、行きたいと思ったのです。中条さんが講演の中で「こんなこと言ったらよくないですけど、鷗外や漱石より、乱歩、久作、十蘭の方が凄いと思います」というようなことをサラリと言った時にドキッとしました。僕の心の内を読んだんかい! てなもんです。しかも何故か僕の方を見ながらしゃべっているような気がしたのです。何とも非リアル世界じゃないですか。

 たしかに日常より、非日常の世界を想像、創造する力の方が遥かに難しいように思います。文学青年にすれば、純文学が一段上だと考えるでしょうし、現に昔の僕はそうでした。直木賞より芥川賞。でも今は非リアリズムに惹かれます。

 そういう点で、原村に導かれたのも偶然ではないような気がしてきます。横浜が現実的な世界とすれば、原村は異世界的な幻想空間のようにも思えるからです。そこで何か面白い発想が湧いてくるのではないか。

 なーんて思っちゃったりする今日この頃です。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

飲んでも歩いて帰れるし

骨付きラムは絶品ですがな

 山下公園ラジオ体操の会会長に誘われ、山下町にできたハイアットリージェンシーのランチバイキングに行きました。スパークリング、赤白ワインの飲み放題付です。様々な肉、寿司、中華など和洋中を網羅し、デザートも豊富。味も高レベルで至福のひとときでした。

 ホテルを出て分かれると僕たちはブラブラと元町で買い物をして帰りました。これまた贅沢な時間です。出費は別として環境面だけを考えれば、当たり前のことと思っていました。職住接近ならぬ食住接近ですね。

 原村は違います。歩いて20分弱のところに辛うじて飲める蕎麦・うどんの店が1軒あるばかり。他は車がないといけません。アルコールは無理です。タクシーも少ないし呼べば高い。流しなどあるわけもなく、地方によくある運転代行も遠くに1社あるだけ。こちらはさらに割高で、飲み代が倍になりかねません。

 そうまでして外で飲めますか。金が湯水のように使えるならともかく、当たり前に無理です。2週間の滞在で外飲みは、1度もありませんでした。毎日、惠理先生が驚愕的美味の料理を作ってくれ、八ヶ岳と甲斐駒ヶ岳という名山に囲まれた中での夕食は、プライスレスの贅沢です。

 つまり、どっちもかけがえのない素晴らしさを持っているということになります。どっちも交代で楽しめるなんて、幸せ以外の何物でもありません。感謝の気持ちがよりいっそう強くなりました。

 便利も良し、不便もまた良し。いろいろなことが還暦を過ぎて分かってきたこの頃です。それでは、また。ペレレイ、ペレレイ。

ハマもええなあ、やっぱり

 

久し振りの山下公園でラジオ体操に張り切る惠理先生

 横浜に2週間ぶりに戻ってきました。とてもホッとしました。旅行から帰って来た時の思いとはまた違うものがあります。やはり原村はセカンドなんです。関内がホームと再確認いたしました。

 横浜の素晴らしさを再認識できたこともまた価値のあることです。慣れ切ってしまうと、つい悪い面に気持ちが向いてしまうことはあります。2週間ずつのシーソーライフで両方の良さが楽しめます。

 原村はまだ冬が終わったばかりで、春はまだ先です。樹木も枯れています。花もまだまだこれからです。

 横浜は新緑が目に眩しく、百花繚乱。惠理先生は「春の1番いい時期を逃してしまったかな」と悔しそうです。もちろん原村の良さを堪能し、それはそれで最高でした。

 今後の課題としては、桜の咲く時期もずれているわけですから、両方を楽しむようなスケジュールを組めばいいわけです。すべてうまく行くかは分かりませんが、横浜の良い時期を優先しつつ、原村の良さも引き出す。

 季節でも冬は関内を多めにするとか、柔軟に対応していきたいですね。帰ってきて一番感じたのは、暖かさ。暑いくらいで、さすがに海沿いの南岸は違うと思いました。

 寒暖、都会と田舎、海と山。すべて好対照の土地を楽しんで行きたいと思います。では、また。ペレレイ、ペレレイ。