天気予報

天気予報が気になる…

 若い頃は天気なんて気にしていなかった。僕は野球記者が長かったので、雨が降るかどうかで試合の有無もあったため、仕事上の問題として注意や意識をしていたていど。

 いつ頃からか、天気予報を見ないと落ち着かなくなった。天候に左右されるような問題はないのだが、3年半前から早朝、山下公園でラジオ体操をするようになったことが契機になっていたかもしれない。

 朝の天気予報を見ることが、日課になった。週間予報で、今後の行動への影響を頭に入れて置く。だからといって、雨だから外出しないという判断にはならないけど、心の準備ができるかもしれない。

 若い頃は何事にも鈍感だったり、無頓着な傾向はあった。季節感とか旬のものにも無関心で…。桜が咲こうが、梅が咲こうが知ったこっちゃない。「だからぁ? 」てなもんで。

 ところが「あと何回桜が見られるかな」なんて感慨を抱くようになってからは、桜も梅も愛おしくなったり、寒ブリに有難みを感じで食したり。

 天気とは違うかもしれないけれど、おしなべて敏感になっているように思う。すべてに愛情を持って接することができるようになっているというか。

 以前は雨が嫌いだった。風が吹くのもイヤだった。そう文句を言うと、惠理先生から「雨だって大切なんだから、感謝しないと。雨が降らなかったらどうするの」と言われて、 ハッとしたことを覚えている。

 一昨年だったか、金沢で白山を眺めながら、しとしと降る雨を、とても美しいと感じてからは雨も好きになった。

 花鳥風月。命あるものも、命ないものも、すべてが愛おしいと思えるようになってきた。歳をとったかな。でも、そういう気持ちになれたのなら、歳を取ることも悪くない。そう思う。

 では、また。ペレレイ、ペレレイ。

ロックオーン♪ロックオーン♪

「突然ですが占ってもいいですか?」という番組で、星ひとみが良く当たるとか、ゲッターズ飯田は凄いとか、女性は占いが好きですよね。

「突然ですが…」の中で占われている人が、当たっていると認めた時に流れる「ロックオーン、ロックオーン」も印象的で人気になっているようです。

 理屈が先に立ちやすい男は、占いなどまったく信じません。しかし戦国時代の軍配者は「孫子」で兵法を学ぶとともに、「易経」で占いも学んでいた。日本独自で発展したのは陰陽道、観天望気のようです。今でいう天気予報をしたり、亀の甲羅のヒビなどを見て出陣の日取りや攻める方位などを決める。そして戦場では戦術、戦略を立てていく。大真面目に占っていたわけです。ただし占いが得意な人と作戦立案に優れている人がいて、どちらもできる人は稀有な存在。それは今も同じですよね。

 僕は酔っぱらうと、つい占いをしてもらう癖が昔からありまして。今でも忘れられないのが、若い頃に大阪で占ってもらった時の事。普通は良いことしか言わないと思っていたところ、「あなたは50歳までとてもいいが、それ以降はよくない」とバッサリ切り捨てられたのです。考えようによっては50までよければ十分かもしれませんけどね。

 振り返りますと、55歳を過ぎてから人生が大転換して、とてつもなく良くなっているのです。笑えます。

 惠理先生は超ポジティブですよ。いいことを言われると「当たっているね」と占い師を褒め称え、悪いことを言われると「ぜんぜん当たっていない」とケロッと否定します。さすがです。これもアリですね。

 戦国時代は生きる死ぬだったから占いも真剣、責任重大ですが、今は真に受けずに楽しむ遊び心が大切でしょう。ただ僕は、だいたいにおいて手相も誕生日も姓名もおしなべて、違う人に同じことを指摘されることが多い。「易経」がひとつの学問だったように、データもあるのかな、ということでしょう。

 何が同じか、って? そりゃ、とてもいいことです(笑) さらに運勢が良くなるために、超ポジティブな惠理先生のヒーリングを受けてくださいな。では、また。ペレレイ、ペレレイ。