無念とは

新年あけましておめでとうございます。って、遅いか!

もう松の内ではなく、松の外ですな。もうすぐ節分ですか。それは「鬼は~外」。

くだらん話はさておき、新年といえば信念という言葉を思い出します。

そこから、念じるの念のつく言葉を考えていましたところ、無念という言葉が思い浮かびました。今年の僕のキーワードです。

 どういう意味かお分かりですか?

って、ずいぶん失礼ですね。でも2つの意味があるんです。

新明解国語辞典で調べました。

①精神を統一して、余計な事を何も考えない様子だ。「-無想」

②(大きな力に対してあまりにも無力であって)今となってはどうすることもできないことを思い知ってくやしく思う様子。「-の涙をのむ 残念-」

普通は②だと思いますよね。無念じゃ、って感じですね。ところが、それより前に①があるのです。いいですね。どうです。精神を統一する。余計なことは考えない。なんて素晴らしいことでしょうか。

昨年の11月末から惠理先生と毎朝、山下公園で瞑想していますが、まさに無の境地に達することができたら、きっと何やら達観できそうです。先生は体操の後、寒い中20分以上もじっと瞑想していますが、僕は3分で終わりです。何しろ、ジッとしていられない。動かないでいると死んでしまうのです。マグロと同じです。もしくはウルトラマンです。

でも、それじゃいけません。きょうは実に5分も瞑想をしました。先生は時折、天から啓示が降ってくるようです。僕には今のところ何も降りてきません。うー、無念じゃ。こういう場合は、②です。

でも今年は、もちろん①の「無念」を目指します。心を穏やかに。邪念を捨て、無念になるのです。そして先生が常に言っているところの「楽しい」気持ちで、生きていきます。本当は元旦に考えることでしたが、今頃になって思いました。何でも遅いんです。でも焦らず、僕は僕のペースで、いつか天の声が聞こえるように、流れのままに過ごしていきたいと思います。

初日の出

こんな感じです。って、どんな感じやねん!

ちなみにこれは、初日の出です。おめでとうございます。「今年も」なのか、「今年は」なのか、人によって違うでしょうが、良い年になりますように。

では、また。

 

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コメント

  1. 宣伝部長 Y.I より:

    私も、遅ればせながら、今年もよろしくお願いします。
    実は、私も、昨年末から、グランディングとプチ瞑想を始めました。
    今日は、すごーく長く瞑想していた!と思って時計をみたら、ただの8分。_| ̄|○
    でも、しないより、マシかなと思っています。
    少し前から、初めて恵理先生のところに伺った頃の、鬱っぽい感情が戻ってきて。それも、伊勢山皇大神宮に初詣に行った日からなので、なんか微妙。ですので、ヒプノ受けなければと思った日に恵理先生から、改装のお知らせメールを頂き、これは行けというきとだわ、と思っています。
    起きてくる環境、ストレスと自分の感情をしっかり受け止めて、コーピングできない人ばかりと考えていたら、まさに、私が、そうでした。。(笑)
    でも、これから益々、そういう人が増えてくると思います。
    私ももっと、自分を愛し、浄化し、楽しくなり、そして、還暦を迎え、大学院に行きたいと思っています。
    まあ、実現できるかはわかりませんが。
    セルフチャネリングができるようになると嬉しいけど、恵理先生のように毎日20分も瞑想できないから、何も啓示はもらえないかな。
    また、お目にかかるのを楽しみにしています。

    1. 矢後 洋一 より:

      宣伝部長さま

       いつもありがとうございます。8分ですか。それは結構長く感じると思います。
      僕が、それだけやったら、息をしていないかもしれません。
      何しろマグロですからね。
       今日は何と1分でした。長さではありません。質です。違うか…。
      還暦ですね。第2の人生ではなく、第2の青春を謳歌しようではありませんか。
      大いに楽しみましょう。
       では、また。

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