女ひとり移住、しかも離島

 アラ還女性のHKさんを尊敬しています。一般女性なのでイニシャルにします。この人は、屋久島へ移住しました。最大の敬意を表します。

 僕が就職を控えた大学4年生の時のこと。説明会がありまして、試験で「尊敬する人」を聞かれたら、父親の名前は出すな、と注意されました。「ただし父親が歴史上の人物であるならば、問題ありません」と。笑いました。なかなか、いませんよね。長嶋一茂さんとかね(笑)

 それはさておき、HKさんは歴史上の人物ではもちろんなく、普通の女性です。それでも僕は恐れ入ります。たった一人で離島で余生を生きて行く。その決意だけでもド偉いことです。ぼくなら3日で、退散必死です。何しろ生活力がない。自然の中で生きて行く知恵がない。大自然に対する恐れがある。

 無人島でサバイバルなんて論外ですが、周りに人がいない不安は大きい。生物、植物のことなど全く分からないから、何が食えて、何が食えないかも知らんし。誰も教えてくれないならなおのこと心細い。

 で、HKさんです。ウミガメの産卵を見たり、それはドキュメンタリーのような経験をしているようです。が、虫がとんでもなく多いとか。もうその段階で、ぼくのような人は生存不可能です。農作物は育たないから、果物を食べていくそうです。

 周りに人家はない。具合が悪くなったらどうするんだろう。昨春から横浜・関内と二重生活をしている長野・原村は徒歩30分以内にコンビニがないから不便だと思っていたが、原生林近くで生きて行くことを考えたら、原村など大都会ですね。半径500メートル内にコンビニが何軒も林立している関内で生活しているから、こんなヤワになるんだろう。まったく悲しくなります。

 動物も何が出るかわからないような場所で、女性が一人で生活をしていく。とにかく尊敬します。僕などすべてにおいて甘いです。チャレンジ精神などという甘っちょろいものではありません。それこそ命を張っている。

 HKさんは、そんな大自然の中での生活が憧れであり、好きなんです。自分がやりたいことを素直にやる。常識や世間体から解放され、すべてから自由でいる。素晴らしい。体に気を付けて、楽しく過ごして行ってほしいと願います。

梅が咲いた

 

彼我庭園の梅

 梅が咲きました。毎朝、惠理先生と散歩をしている横浜公園内にある彼我庭園の梅です。今朝、先生が「この蕾がいつ咲くかな」と見上げたところ、何ともう6,7輪は開花していたのです。桜でいえば、開花宣言をする靖国神社の桜が5輪咲いたようなものです。

 なんだか無性に嬉しかったです。なんでだろう。花より団子です。桜以外に興味ないのですが、年でしょうか。

 季節が恋しくなってきたのです。移ろいを感じることが恋しくなってきたのです。やはり年でしょうか。

 昨春から二重生活をしている長野・原村の大好きなイタリアンレストランの奥様から今朝、惠理先生に「原村は連日寒くて、車のドアが開かない朝が続いています」というメッセージが届きました。この家族は昨春、下諏訪から越してきたのですが、「諏訪は寒冷地ではなかったのですね」と感想が続いていました。レストランの標高は1250メートルほど。下諏訪より500メートルは高い。100メートルで気温が1度違うといいます。

 横浜は春の息吹というのに、間もなく戻る原村はこれから本格的な冬本番を迎えます。往ったり来たりすると、なおのこと季節の移ろいを鮮明に感じ取ることができます。

 桜の開花時期が違う。新緑の時期も違う。紅葉も違う。つまり四季を二度も味わえるのです。なんて幸せなんだろう。

 日本人に生まれて良かった。あと何度、桜を愛でることができるか分かりませんが、これからも四季折々を楽しんで行きたいと、梅の開花を見ながら思いました。 

奇跡の食卓

我が家の庭で惠理先生が育てた野菜がいっぱいの食卓

 3か月前には想像すらできませんでした。7月10日の我が家の夕食は、僕には奇跡の産物としか思えません。惠理先生が丹精込めて作った野菜がズラリと並びました。しかもすべて美味しい。大したもんです。感涙、感涙。

 ほかには蓼科の「おかげさま農園」が一皿200円で提供してくれるレタスにインゲン。すべて無農薬の自然栽培です。有機ですらない。完ぺきなナチュラルフードです。

 惠理先生には、たびたび驚かされます。5年前、「わたし本を出す」と言ったときには「馬鹿か」と思わず口走ってしまいました。そりゃ金を出せば自費出版はできますよ。でもね、出版社が出してくれる商業出版は極めて難しい。当時はまだ現役でギョーカイに身を置いていた僕には、実現できるわけがないと思うのも無理はないでしょう。ところが僅か半年後に「ペレレイ」は世に出ました。

 子供の頃から通っていた伊勢佐木町の有隣堂に本が並んだ時、僕はその本を前に涙をこぼしていました。僕の夢がそこにあったのです。(次は僕の番だ)

 そもそも二人の出会いがチョー絶ミラクルなんですがね。それは割愛させていただくとして、その後も奇跡的なことは絶え間なく起き続けてきました。

 しかーし。自分で畑を作り自給自足をするって! そりゃ、あーた。出版に勝るとも劣らぬ奇跡じゃあーりませんか。ところが僅か3か月後、写真の食卓ですわ。ぶったまげるでしょ。

 さて次は、どんな奇跡が起きるのかな。楽しみです。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

僕はハッピーエンドがいいなあ

 長野・原村では惠理先生の畑仕事を手伝う以外は自由時間を満喫しています。本を読んだり音楽を聴いたり…。中でも時間がたっぷりとれるのが映画鑑賞です。現役時代は余裕がなく、満足に好きな映画を観ることもできませんでした。

 というか、心にゆとりがなかったと思います。時間なんて作ろうと思ば、何とでもなるはずです。ただ今は、その気持ちがなくても、そこにドーンと時間がある。その気になれば何をするのも、まさに自由なんです。こんな贅沢はありません。

 ヴィヴィアン・リーの「哀愁」を観ました。ミステリーの3冠を獲得した辻真先の「たかが殺人じゃないか」を読んでいたら、「哀愁」が出てきました。「そういえば最近、BSプレミアムで録画したな」と思い出したのです。

 1940年の映画です! 太平洋戦争前ですよ。僕が生まれる18年前の作品です。もちろん白黒。内容は完全無欠の悲恋です。ヒロインは、愛した将校が戦死した誤報を見てから転落していきます。連絡も取れず、娼婦に身を落とす。死んでいなかった将校と奇跡の再会を果たすが、もちろん結ばれません。映像は美しいし、何よりヴィヴィアン・リーは魅力的です。が、理不尽な顚末に後味は悪いです。

 僕はお子ちゃまですね。最近見た「愛と青春の旅立ち」みたいなハッピーエンドがいいな。同じくリチャード・ギアの「プリティ・ウーマン」とそっくりなエンディングですが、こういう単純な方がスッキリします。快哉を叫んじゃいます。どっちも王子様的なヒーローが不幸な女性を最後の最後に迎えに行くというシンデレラストーリー。俺ってガキか! でも好きなんだからしょうがない。

 とはいえ古い映画も久しぶりに観て、勉強になりました。世界観と言うか、雰囲気と言うか。時代的な空気感と言うか。作品じたいはよくできていますからね。ただ好みじゃないと言うだけで。好き嫌いは十人十色。そう思うと、自分の好きなことを好きなように書く勇気も湧いてきます。

 やっぱり映画っていいもんですね! では、また。ペレレイ、ペレレイ。

縄文時代へひとっ飛び

尖石縄文考古館の裏にある与助尾根遺跡

 長野・原村の家から車で15分のところにある尖石縄文考古館に行って来ました。ここは考古館前の道路をはさんで広がる尖石遺跡と考古館の裏手には与助尾根遺跡もあります。この考古館には尖石周辺の遺跡から出土した土偶などが数多く展示されています。

 中には国宝の「縄文のビーナス」(棚畑遺跡)や、同じく国宝の「仮面の女神」(茅野市湖東=こひがし=の中ッ原遺跡)もあります。惠理先生は「縄文のビーナス」を見た途端、驚きの声をあげました。「ペレレイのセッション中に現れた女神だ」と。何というシンクロでしょう。嘘の訳はありません。嘘をつく必要などどこにもありません。ことに僕に対して。もちろん僕は本当のことだと思います。

 僕も考古館に入るやいなや、ワクワクしてきました。なぜでしょう。ここにいたことがあるのでしょうか。やはり自宅近くにある「阿久遺跡」では逆にあまりいい感じがしませんでした。もしかして阿久の住民と対立していたのでしょうか。なーんて妄想が膨らみ、夢が広がり、楽しくてなりません。

 弥生時代と聞いてもロマンは感じないのですが、不思議と「縄文」という響きには心がときめいてしまいます。大好きなサディスティック・ミカ・バンドに「タイムマシンにお願い」という名曲がありますが、タイムマシンに乗って縄文時代に行ってみたいものです。

 どういう言葉をしゃべっていたのだろう。尖石周辺は紀元前5000年ほど前に栄えていたようですが、なんせ7000年も前の人々がどのような生活をしていたのか、恋愛はどうだったのかなんて考えていると楽しいですね。

 原村界隈は遺跡の宝庫です。縄文の土地です。何やら楽しいことが起きそうです。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

身近にある絶景かな

霧ヶ峰から望む北アルプス

 霧ヶ峰に行って来ました。原村の家から車で40分です。高原から見る山容は格別でした。360度は言えませんが、270度は山々が見えます。八ヶ岳連峰、南アルプス、中央アルプス、そして穂高岳や槍ヶ岳で知られる北アルプスが良く見えるんです。

 惠理先生は「ハワイ島のサウスポイントとエネルギーが似ている」と感嘆の声を上げていました。僕には感じることができませんが、サウスポイントは270度海が見える断崖絶壁、ハワイ島の最南端にあるパワースポットです。

 海と山の違いはありますが、荘厳な感じは確かによく似ています。それが家からわずか40分で行けてしまうのです。旅気分がいともたやすく手に入るのだから、これほど贅沢なことはありません。

 僕たちが景色を堪能した「忘れ路の丘」の辺りは標高1700メートル弱でしょうか。6月9日は暑いくらいの気候で、無警戒に半袖で出かけたところ、車から降りるとヒンヤリと寒いので驚きました。原村の自宅はおよそ1150メートルほどらしいのですが、500メートルも違うと全く空気感が違います。服装を含めしっかり準備しないといけません。

 本格的な登山は体力的に厳しいですが、ハイキング程度の山登りは楽しみたいと思います。せっかく長野に来たんだから、ですよね。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

カリスマ美容師になった気分

雑草刈る前(少し高めの位置からの撮影だが、向こうにある隣の畑は見えません)
雑草刈った後(少し低めの位置から撮影しましたが、向こうにある隣の畑の土が見えますね)

 長野原村へ12日ぶりに来て驚きました。短かく少なかった雑草が、ボウボウになっていました。信じられない成長力です。さすがです。

 3日間かけて家から見える主だった場所に生えている雑草軍団を刈り込みました。電動草刈り機で根元からバッサバッサと刈ってしまえば楽ですが、共に生えている花々は残して生かします。ですから雑草だけをつかんでカットしていくので時間はかかるし、かがみこむので疲労性腰痛との闘いです。

 ちなみに、この雑草は畑に植えた作物の上に被せます。これは2週おきの二重生活なので水遣りができないための農法です。さらに作物を布団のように守り、栄養ともなるのです。そして雑草の生命力にも負けない強い野菜が育っていくのです。このやり方は惠理先生が勉強して仕込んだもの。僕はそのお手伝いです。

 斜面の石垣作り、耕地、鹿よけネット張りと数々の肉体的試練をかいくぐってきましたが、この草刈正雄が一番しんどい。かもしれません。いや待て、ネット張りの杭打ちはきつかったぜ。ちょっと待ってくれ、やっぱり土を掘り起こすのもハードだった。つまり、今やっている作業が一番生々しいということでしょうね。

 それでも、すべて終わった後の充実感、解放感は清々しいです。で、温泉に入り、出た後に飲むビールの何と美味しいことか。クーッ、たまりません。

 原村から帰ると、いつもお世話になっている整体の先生に体の手入れをしていただくのですが、こうしたハードワークをした後のマッサージは強烈に痛いのです。前回は「タイヤを押しているみたいです」と言われました。マッサージが気持ちいいというのは、温泉で受けるような娯楽としてのリラクゼーションです。

 野球選手、ことに投手はみっちり1時間や2時間をかけてマッサージを受けるのですが、それは悲鳴もののようです。練習よりキツイとか。それ、わかります。激しい肉体労働をした後のマッサージは、脂汗にまみれ、歯を食いしばり、それでも歯の間からうめき声が漏れてしまうのです。恥ずかしながら。

 その後のビールの何と…。それはさすがに嘘です。マッサージはしんどいだけ。でも畑仕事の後、温泉で体を温め、その後に飲むビールは違いますよ。飲むためにやっているのかって? ハイ、そうです。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

猫っかわいがりだすな

入れ物があると必ず入ります!

 猫をかわいがる。猫っかわいがりと言いますね。犬の場合は、犬っかわいがりとは言いません。何ででしょうか。惠理先生も、ことマリンに対すると、この文字通りの「猫っかわいがり」です。

 僕は犬も猫もあまり可愛いとは思っていませんでした。ペットを飼うのは人間のエゴではないかと思うくらいでしたから。しかし一緒に暮らすようになって7年にもなるマリンには、やはり愛情が芽生えております。自分がマリンを「猫っかわいがり」していることに気づくと、驚いてしまいます。

 「猫を被る」は表面上、大人しく見せる、と言う意味ですね。ということは、本物の猫は大人しいということになります。確かに犬と比べると分かります。マリンも毅然としています。貴婦人と呼ぶ人もいます。

 反面で愛想はないですよね。犬のようになついては来ません。名前を呼んでも無視することも多い。犬ならそれはないでしょう。不思議な習性ですよね。マイペースです。「私は私」を貫き通します。ここらへんは見習うといいかもしれません。媚びない。へつらわない。大したもんです。

 僕は喜怒哀楽が激しいといいますか、大人しそうに見えて、結構な激情型です。猫を見習って「猫を被る」のもいいかもしれません。それって偽りじゃん。でも、それが板につてくれば、それが自分になるのかもしれません。毅然と、冷静に。猫のように。ニャーンてね。では、また。ペレレイ、ペレレイ。

アマゾン+中国製品でどうなった

 長野原村のデッキに置くテーブルセットを買いました。日当たりが良いのでガーデンパラソルも購入。このパラソルが中国製品であることは分かっていませんでした。ブランド名では判断できなかったのです。途中、配送状況を確認したところ「追跡できません」と表示され、嫌な予感が…。

 無事に届きましたが、開いて見たら半円、つまり傘が半分でした。よく見れば「半円」とは書いてありましたが、深く考えませんでした。まさか半分なんてね。でも、景観上いいのではと、不承不承納得して、いざオープン。しかし2,3回開け閉めしてみたら、すぐ開閉できなくなりました。よく見ると支柱を支えている部分のプラスチックが避けて開閉ハンドルが空回りしていたのです。

 愕然。あっという間の製品不良。アマゾンで返品の手続きに入りましたが、配送担当の佐川急便では中国へ送れないとのこと。郵便局ではどうかと提案されましたが、脳内に映し出された原村郵便局の映像が「無理じゃないの」と言っています。そこでDHLに問い合わせたところ「可能ではあります」と。

 料金は4万5000円。えっ! 再び愕然。商品は1万3000円程度。大赤字じゃないですか。もう諦めました。僕が悪かった。うかつだった。これからはメーカー名を見て明らかに日本製と分からない限り、大きな商品をアマゾンでは買うまいと固く心に誓うのでした。

 さてどうしましょう。行きつけのホームセンター綿半へ。いつものように軽トラを借りて持ち返り、不良品も無料で回収してくれました。さすが、わが友「綿半」よ。感謝。

 さて後日。夜中に惠理先生が驚きの声を上げました。「アマゾンから返金完了しましたってメールが入っているよ」。商品を返品していないのに。しかも返品期間はまだまだ先なのに、あっという間に返金してくれました。

 なぜでしょう。惠理先生曰く「良くアマゾンを利用しているからかな」。そうなんでしょうかね。いずれにしても激高から一転して感謝です。赤字は一切生じませんでした。しかも綿半の製品の方が比べようもなく良かったです。最初から綿半で買っていれば…。でも勉強になりました。

 では、また。ペレレイ、ペレレイ。

このデッキに置くガーデンパラソルの写真は撮っていませんでした。すいません!

原村もネット世界ですか!

鹿よけネットを背にご満悦の僕です

 二重生活を始めた長野の原村で、惠理先生と畑づくりを始めました。と、同時に畑を害獣から守るため、防護ネットも作り始めました。その労作、大作?が完成したのです。感激!

 ある日、家の前に広がる広大な畑の中を疾走する、つがいの鹿を目撃しました。ご近所さんからの目撃談は聞いていましたが、やはり本当に普通に鹿はいるんだと改めて実感しました。

 さらに後日、隣の畑を横断する足跡が、延長線上にある我が家の畑も横切っているのを発見。これはネット作りを急がなければいけません。そうでないと、惠理先生の作物作りの予定に大きなしわ寄せがいってしまいます。

 簡単ではありませんでした。八ヶ岳の麓で土地は斜面になっており、平らに整地しています。運び込んだ埋め立て用の土には大小の石がたくさん混入していたのです。畑の土を耕すときも掘れども掘れども石ばかりが出てきて往生しました。

 ネットの杭を打ち込むのも同様です。石との闘いでした。鍬を打ち込むとカーンと音が響きます。そのたび、嫌な気持ちになりました。いったい、どれだけ石が埋まっているのか。家の地盤としては堅くてよろしい。しかし畑づくりには難敵でした。

 何とか克服して、出来上がったネットを見れば、充実感を味わうことができました。こんな気持ちはいつ以来でしょうか。そもそも、こんな気持ちって今までにあったかしら。初めての感動ではないでしょうか。

 田舎暮らしの醍醐味です。これからもすべてを大いに楽しんで行きます。では、また。ペレレイ、ペレレイ。